「なぜそれを行うのか」を自問する大事さ

お店の開業や、別の会社を立ち上げて独立するなど、つまり新しく何か事業を始める時、その仕事は本当に自分が行って他のライバル以上に良い商品やサービスを提供できるのか。そして、その始める事業に対して本気で取り組むことができるのか、を自問自答をよくしないで、独立や開業をする方はとても多いです。

私は、何か新しいことを始める時、感覚で事業を始めようとすることはしません。むしろ、浮き足立っていることに不安になります。

だから、必ず自問自答をします。スピード重視の世の中でなぜ自問した方がいいのか、気になる方がいると思いますので、お答えしますと、開業や独立をしても、予期せぬ事態や想定外での出来事が多く、その波を上手く乗り越えることの方が多いからに他なりません。

そのような事態になった時、「なぜ、この事業(お店)をしているのか」と自問していた場合、以前、自問して考えていた「言葉」が返ってきます。

その言葉を思い出していくことで情熱が湧き上がり、今立ちはだかっている困難や壁を超えることができる、と私は考えています。

 

長く続けること前提だけではない

正確には測ることができないので、それを前提に読んで欲しいのですが、10年続く続けられる会社は全体の6%だとか8%とか言われています。

もし、開業や独立をして頑張り続けて、様々な困難を乗り越えているのに、利益が出ない日々が続くようならば、私でしたらその仕事を辞めて違う事業に移るか、別のことをやります。このようなことを述べると、誤解されてしまうかもしれませんが、私が営んでいる飲食業界では、「生き残り競争」がとても厳しい世界の事は、既に周知していると思います。

新規開業から、3年で7割が潰れると言われる中、借金を繰り返し生命保険などを解約し、なんとかやりくりをしてお店を維持経営している方は、表には出ませんが実はとても多いのです。

その様なことをしてでも、経営維持させていることには尊敬しますが、本来、残るべき利益が出ていないにも関わらず、借金を重ねて必要以上に経費を切り詰めて、維持していこうとするには、そろそろ限界があると思うのです。

それでしたら、初めから3年後には「こうなっている」など目指すべき目標を作り、その目標を達成するために邁進した方がいいのではないか、と私は感じるのです。

明らかに、このまま続けても上手くいきそうにない経営をしていても、それはまるで“蟻地獄”のように落ちていくだけです。先が分かっているのに指をくわえて、落ちていくのを待っていても仕方がありません。

この事業は「縁がなかった」と諦めて、別に興味があり、情熱を傾けられる仕事を探し、そちらに移った方が、もしかしたら幸せかもしれません。

どん底の経験から言えること

私は開業2年目で、どん底の経営に陥った経験があります。毎日、お店で1日中お店を開けお客様を待ち続けて、2名しか来店してくれない時代もありました。

まだ、数名でも来店してくれればいいですが、ときには、11時間に渡りお店を開けてお客様の来店がゼロのときもありました。さらに悪いことは続くものです。3日間連続でゼロを経験した時は、さすがに食事も喉を通りませんでした。

このときほど、お店を閉めようと思ったことはありません。それから、販促やマーケティングということに興味を持ち出し、少しづつですが売上が伸びていくことになりますが、今でも当時の辛さを思うと胃が痛くなります。

私の場合、どん底から復活まで2年6ヶ月ほどかかりました。このように考えると、商売を始めて3年間の間で“毎月赤字”が続くようなら、その仕事は「芽が出ない」と判断してもいいように思います。べつに1年伸ばして4年でもいいのですが、ポイントは、年間や半年単位で赤字の月がどのくらいあるのかを見れば、決断をするには十分な材料なのではないでしょうか。

あなたに潜む本当の敵

「やりたい仕事」と「やれる仕事」は違いますし、開業や独立してみてそれは自分に向いていなかった、と分かっただけで見つけものです。それよりも一番良くないのは「自分にはこれしかない」“固執”してしまうことです。

固執は何も生み出しませんし、自分の弱さも露呈することになるので、さらにそれを隠そうと固執していきます。

これは、私の個人的な持論ですが、経営とは「ゴールのないマラソン」と同じだと思っています。なぜかというと、経営には短期や中期、長期などの目標はありますが、目標を達成したからといって、そこはゴールではありません。

目標達成は、いわばマラソンを続ける人にとっての“中継地点”です。なので、その場所に長く留まっていてはマラソンはできません。また次の中継地点へ向かって走り続けていきます。ここに先ほどの「固執」「仕事を変える」を組みわせることで、どのようなことが起こると思いますか。

上記では、事業を「マラソン」に例えていましたが、人生をマラソンに見立てたらどうでしょう。

短いとも長いとも言われる人生で、仮に、上手くいっていない仕事の期間は数年だと思います。たった数年間上手くいかないからといって、その時感じた意地に固執して、一度しかない人生を固執と意地だけに費やしているのはどうなのでしょうか。

少なくても、決断を遅れた時点で「なんとかなる」とか「これしかできない」など、半ば強制的な諦めとも取れるような別の決断をして、その決断を、揺るがせたくないために意固地になり、固執を強めているように見えるのです。

そのようにならないためにも、物事には「目標」や、なぜその事業を行うのか「目的」を決めてから行うと、良いかもしれません。